「新潟らしさ」ポップに表現 学生にも学びの場に
雪椿に越後姫、雪中貯蔵酒。いずれも新潟を象徴する名物が、軽やかな図柄となって並ぶ。新潟県阿賀野市の藤岡染工場では、色鮮やかに染め上がった手ぬぐいが竿にかけられ、天井から幾重にも列をなしていた。
「新潟手ぬぐい」は、長岡造形大(新潟県長岡市)の学生が新潟をテーマにデザインした図案を、藤岡染工場の職人が伝統技法で染めた手ぬぐい。学生らしい自由な発想が生む斬新なデザインが特徴だ。染物職人の野﨑あゆみさん(41)は、「手ぬぐいになじみがない世代にも目にとまるデザイン。面白いって手に取ってくださる方が増えた」と話す。
藤岡染工場は江戸中期、1748(寛延元)年に創業。水原地域は幕府直轄領として代官所が置かれ栄えた地。糸染めから始まった工場は、「亀紺屋」の屋号で印染めを手がけるようになり、今年で276年を数える。
8代目当主の娘として生まれた野﨑さんは、長岡造形大でテキスタイルデザインを学び、家業に入った。「昔からかわいがってくれていた職人さんたちが、すごく喜んでくれたのもあるかな。当時全員70代。すぐにでも技術を受け継がないと俺たちはいつどうなるか、なんて言われて」と苦笑いで振り返る。
主に手ぬぐいに使われる技法は「注染」。手ぬぐい30~40枚分になるさらしに図案の型を置き、蛇腹状にたたみながら糊付けする。おがくずで表面を保護した後に染料をかけ、水槽に引き入れた川の水で洗い、糊を落とす。糊付けで型がずれれば図柄がゆがみ、染料が均一でなければムラになる。「1日2日では身につかない。体力的にも、好きじゃないとできない」とさらりと話す。
存続危機の手ぬぐい 価値高め工芸品に
「新潟手ぬぐい」は野﨑さんが母校の教授に相談したのが始まり。かつては商店名などを入れて販促品として使われた手ぬぐいだが、タオルへの名入れが中心になり、一時は製造中止も検討された。「技術をなくしたくないと思った。一般の方にも買いやすいデザインを作りたいと思ったのがきっかけ」。手ぬぐいは今や主力商品となり、2022年には「越後本染注染手拭」として新潟県伝統工芸品にも指定された。
手ぬぐいの魅力について野﨑さんは「糊と染料の境の、絶妙な線は機械では出せない。プリントしたものと違い糸の芯まで染まり、水が通っているので吸水性もよく、使い心地がいいんです」と胸を張る。
現在は、工房の一部をリノベーションし、手ぬぐいや雑貨などを扱う直営店も運営。職場体験やワークショップを行うなど、「開かれた染め工場を目指している」と話す。
染色作家としても、精力的に作品を発表。今春には公募展「国展」で新人賞に輝いた。「売れるかどうかを考えない分、何にも頼れない。自分らしさを模索しながら今後も作っていくのかな」と気負いのない様子で話す。「染め物の魅力を広めて、やってみたいという人が増えるといい」とほほえんだ。
野﨑あゆみさん
【プロフィール】
のざき・あゆみ 新潟県阿賀野市出身。長岡造形大を卒業後家業に入り、伝統の染色技法を受け継ぐ。2024年、国展工芸部で新人賞受賞。