新潟県上越市高田地区に現存する日本最古級の映画館「高田世界館」。動画配信全盛の現代にあって、映画館を盛り立てようと日々奮闘する支配人の上野迪音さんに、映画の楽しみ方を教えていただきます。
12月です。1年もあっという間に終わろうとしていますね。映画館の仕事は良くも悪くも区切りがなくルーティンが続くので仕事を納める感覚もあまりないのですが(納めたと思ったらすぐにまた仕事始めがやってきます)、毎年のようにこの12月というのはワタワタとなだれ込むように年の瀬を迎えるのが恒例です。
私事ですが先月は(長期)出張で館を空けていた分のリカバリーに追われたりそれが落ち着いたと思ったら大流行中のインフルエンザに一家で罹患したりと、なかなかに踏んだり蹴ったりな日々だったのですが、もはやそうなってくると時空の境もとろけて曖昧になってきてここ1カ月の記憶が危ういです・・(笑)
いや、この1カ月間どころか今年一年丸々そんな印象だったように思います。よくわからないまま忙しさに突入して未だそこから抜け出せず、模糊たる日々を送り続けている印象です。(もしかしてここ数年ずっとかも?)
トランプ大統領が就任したのもなんと今年のことなんですね。ちょっと衝撃です!
このコラムを書いていても感じるのですが、何か書こうにもしかるべきインプットがないと言葉って出てこないものなんですよね。アイディアもそうです。外界に触れて思考が促されたり、人と会って刺激を受けたりとか、そういった類のことです。忙しさにかまけて本をじっくり読む、ということをしたのももういつのことか思い出せないくらいです。自分のことながら本当に良くないと思います!
とはいえ、映画という皆さまにとって大事な”インプット”をご紹介する仕事を携わっている以上、そんなことばかり言ってられません。
前回のコラムでも軽く触れたのですが、年末の営業を経て年始の営業に入ってすぐに改修工事のための休業期間に入ってしまうので、残り少ない期間に何を上映するか、というのはかなり悩むこととなりました。どれもおすすめの作品ではあるのですが、その中から私が強く印象に残った一本をご紹介したいと思います。『キス・ザ・フューチャー』という作品です。
本作は90年代前半、旧ユーゴスラビアの多民族国家・ボスニアで起こった紛争を題材にしたドキュメンタリー映画で、ボスニアの首都・サラエボで紛争下でもアートや音楽を通じて懸命に生きる人々を追った作品です。中でも特筆すべきは、当時世界で圧倒的な人気を誇り、社会的な発信を続けていたバンド「U2」をサラエボに招くべく現地の人々が奔走した様が描かれており、実際に(紛争後に)ライブが実現した様子まで含まれています。ラストの演奏シーンもボリューム感あり、民族対立が起こった現地でのパフォーマンスはファンならずとも「これぞヒューマニズム!」と胸を打ちます。
80年代から活動しているU2はもともと社会問題を楽曲の中で扱っていたバンドですが、ボスニア紛争の頃にはライブ中に会場と紛争地を衛星回線でつなぐコーナーを設けており、サラエボが軍に包囲され世界の中で孤立を深める中、現地の生の声をツアー会場である世界各地の観客と共有するという試みをしていました。そうした様子も映画で描かれています。
紛争から30年経った今、なぜボスニアか。旧ユーゴ出身でアメリカ在住のネナド・チチン=サイン監督はアメリカで強まる社会の分断と、世界で再び噴き上がろうとしている民族主義を背景に、ユーゴスラビアで吹き荒れた軋轢の歴史と現代の世界を関連づけることができると考えたとのことです。また、監督自身が予期せぬこととして、映画ができあがってからガザ紛争が発生したのですが、結果としてパレスチナのことを(それと同時にウクライナのことも)想起せざるを得ない内容となっています。
さて、そのような作品を私がこの年末のタイミングに選んだのは、30年前の紛争地域からの友愛のメッセージを年の締めくくりとして添えたい想いがあったからです。
現在も依然として世界では戦争が続き、また新たな紛争の火があちこちで噴き上がっている状況です。世界は発展の中でよくなっていくだろう、私もそんな期待を持っていた一人ですが、理想とは裏腹に世界は再び対立と混沌へと進もうとしています。
そのような中で、音楽が持ちうる力とは――。この映画は、そのような問いに応えてくれるわけではないのですが、一筋の希望を感じさせてくれます。劇中でステージ上のボノが「過去よさらば、未来にキスを(Kiss the future)」と叫ぶのですが、その言葉を心に置いて反芻しながら映画館を後にする、新年を迎える。そんな時間があっていいのではないかなと思い浮かべながら、この作品を年内最後の枠に選んだ次第でした。
ちなみに冒頭に掲載した写真は、今度の工事で修繕予定の高田世界館の天井装飾です。この114年前に作られた館のシンボルは、座席に座り、映画を観ながらもうっすらとその存在を感じさせ、見守られているような気持ちになります。私にとっては、思索を促すような視線のようにも感じます。表面的な楽しさを消費するだけではない、かけがえのない時間がそこにあるような気がしています。
皆さまにとって来年はどんな年になるでしょうか?
(また一波乱ありそうな)高田世界館を2026年もよろしくお願いいたします!
高田世界館支配人 上野迪音(うえの・みちなり)
上越市出身。2014年より日本最古級の映画館「高田世界館」の運営に携わる。映画文化を地域に根付かせようと、さまざまな取り組みを行っている。
高田世界館 http://takadasekaikan.com/







