
新潟県上越市高田地区に現存する日本最古級の映画館「高田世界館」。動画配信全盛の現代にあって、映画館を盛り立てようと日々奮闘する支配人の上野迪音さんに、映画の楽しみ方を教えていただきます。
先月のことになりますが、公私共にお世話になっていた河村一美さんがお亡くなりになりました。河村さんは高田文化協会の事務局長などを務められてきた方で、大変多くの方に慕われていました。私にとっては面倒見のいい高田のマダムといった感じで、映画館に寄っては差し入れをくださったりしていました。高田世界館がまだまだ映画館としてヨチヨチ歩きをしていた頃に支えてくださった方で、イベントがあるごとに顔を出してくださっていました。
街で会えば「上野く〜〜ん」と声をかけてくれた河村さん。高田の街を颯爽と自転車で通って行く様が今でも目に焼きついています。河村さんとの色濃い記憶が残っているのは約10年前に高田に戻ってきて何も分からず映画館のことを始めた頃。あちこちに連れ出しては人を紹介してくれたり、高田での優雅な時間の過ごし方を教えてくれたりと、大変ありがたい存在でした。
ふと考えると、河村さんのように「くん付け」で呼んでくれるような方が周りに多くいた時期だったなと思います。側から見たら危なっかしさしかなかったであろう20代の若者に、多くの方が手を差し伸べてくださいました。私自身も、地域との協働を目指し、いろんな方々を巻き込みながら映画館を盛り上げていこうとしていた時期でした。もともと映画ファンが多くはない地域ではありましたので、映画をただ上映するだけではない、さまざまな地域との関わり方を模索していた頃の話です。
当初は、映画を上映してもなかなか思うように人が入らず、その反応の弱さに愕然としたりしていた時期でもありました。そうした状況を乗り越えるべく、映画を宣伝するために地域の商店などにポスターを貼らせてもらえるよう駆け回ったり、映画の題材に合わせてコラボ企画を打ち立てようとあちこちに声をかけたりと、文字通り「地域に入り」、映画を広めようとしていました。
地域の中では年少者ではありましたし、若いからこそ面白がって話も聞いてくれたのかなと思います。今にして考えてみれば、突拍子もない企画に皆さんよくぞ付き合ってくださったなと思います。随分と地域を引っ掻き回したかなと思いますが、「くん」と呼ばれるのは、その人との間で”関わり”を持った証。そうした共通の体験をベースにしたコミュニティの中で私は生きていました。たっくさん飲み屋にも出没しましたね・・・
その頃は単純に売り上げのことだけではなく、それこそ地域とつながるために映画というものを用いていたようにも思います。映画という企画を通じて人と人とを結ぶ。既存の枠組みを超えて出会えなかった人同士が出会う。まるでそれが街に活力を生むための至上命題のように考えていた時期もありました。今となっては甘ちゃんと言われてしまうのかもしれませんが、血の通った、手作り感ある宣伝方法だったように思います。
ただ、ある時期からそうした傾向は少しずつ影を潜めていきました。とにかく映画が来ない状況が如何ともし難かったのです。地域とのコラボもそれはそれで大事なのですが、一つ一つのこだわりが強すぎて複数の作品を扱えなくなるというのは映画館としては致命的です。映画をコンテンツとしてちゃんと需要を見極めつつ地域に提供することの大切さを認識するに従って、良い意味で「映画館らしく」なっていったのだと思います。
今ではこちらが意識せずとも、相手の方で「支配人」として尊重してくださるのか「くん付け」ではなく「さん付け」の場面が増えてきたようにも思います。映画館が昔からの馴染みのコミュニティから、それを越えたもう少し大きな枠組みとして存在している証左なのかもしれません。「その後」にできた関係や新しい常連さんも大切な存在ではあるのですが、やはり「その前」の人々は特別な存在であったりもするわけです。河村さんのことを想うことは、そうしたことをしみじみ振り返る機会となりました。

映画館で開いた自分の結婚式の一コマ。出し物もフードも地域の人を巻き込んだ、これまでの自分の活動を体現するようなイベントでもありました。人前式だった式は、「くん付け」してくださる多くの方々によって承認していただきました
さて、10年が経ち、力の抜きどころも上手くなり、ある意味で効率的に運営できるようになって来ました。映画館としての認知度も上がり新しいお客様が増えていく中で、必ずしも地域コラボに頼らずとも「映画そのもの」に集中できるようになったと言ってもいいかもしれません。売り上げそのものが上がっているのでそれは方向性として間違ってはいないのだと思いますが、以前と比べて地域との関係が希薄になってきているのは事実だと思います。企画レベルだけではなく、私個人としても街に出ることも少なくなり、かつてのように、ふらっと立ち話をしたり、ポスターを貼って回ったりという時間は、なかなか取れなくなってしまいました。日々の運営に追われる中で、それが当然になってしまった自分もいます。応援の意味合いもあって通ってくださった方々も少しずつ足が遠のき、「あとは任せて大丈夫だろう」と思うようになったのかもしれません。
それでもふとした折に、「くん付け」コミュニティの一員たる昔からの知人に街で会うことがあります。私も含め皆さん均等に10年経っておられるので、それなりの変化があります。河村さんのように旅立たれる方もいます。引き続き映画館に通ってくださる方もいれば、体力の関係で遠のく方も。あるいは、一念発起してカフェを開いたシニアの常連さんもいます。
映画館という場に集うことはなくなっても、みんなそれぞれ地域に息づいているのを感じます。私も河村さんのように自転車に乗ることが多いのですが、雁木通りを駆けたりしながらそうした様子を時折覗いたりしております。愛すべき街の風景は、まだ私とともにあるように思います。
高田世界館支配人 上野迪音(うえの・みちなり)
上越市出身。2014年より日本最古級の映画館「高田世界館」の運営に携わる。映画文化を地域に根付かせようと、さまざまな取り組みを行っている。
高田世界館 http://takadasekaikan.com/